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2005年11月

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回答と解答

仕事で何かを聞いても回答(response、反応)がない。おかしいな?と思って聞いてみると、一生懸命調べている。それも完璧な満点の解答(Solution、解決策)を目指して。

もったいないな。せっかく全力で、徹夜で、汗水たらして、私生活を犠牲にして、頑張っているのに、回答・反応をしないばっかりに、依頼した人からは「調べていないのでは?対応していないのでは?」と誤解され、挙句には「けしからん!」と叱られる始末。

質問や依頼には、まず回答・反応して、返答や反応をもらって、それにまた回答して、最後に解答を導き出せばいいのではないだろうか。

”Communication”を調べると

  情報{じょうほう}伝達{でんたつ}、
  通信{つうしん}、
  連絡{れんらく}、
なんていうのが出てくる。  

そして最後に、
  交信{こうしん}。

最初の3つは1方向な印象だが、交信は信号を交えると書く。
交えるすなわち、やり取りすることである。


人と人だから、何度もやりとりをして共同で解を見つければいいのに完璧を目指しすぎてギクシャク。


もっとコミュニケーションすればいいのだ♪
                   by バカボンのパパ
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オフィスと緑

オフィスの中に3本の観葉植物が置いてある。
一つは社長の席の前。これは事務所開設時に会計士からの贈り物。
2つ目は、ポニーテール。これは会議室においてある。
そして、3つ目は・・・通路にかさかさになって茎だけが残っている。
昨年の9月にここに来てから少し水をやったのだが、時既に遅し。

観葉は確かに難しいのもある。枯れてしまうのもやむをえない。しかし、それを放置する気持ちの余裕のなさは少し悲しい。植物で事業がうまくいくとも思えない。しかし、植物を慈しむ余裕は持っていたい。ここにはお客様だってくる。面接にだってくる。殺伐とした風景には、殺伐とした心が宿ると誤解だってされるだろう。



観葉植物は1万円もしない。我が家の近所のホームセンターでは、1.2mたけのパキラやコンシンナが2000円で売っている。今日はこれを買い込んで明日朝会社に車で運ぼう。少しでも、生命を吹き込んでこよう。

同行した家内は、いそいそと花を買った。ワーゲンのフロントトランクに箱で詰め込んできた。家についてトランクを開けたら少しパンジーの緑の匂いがした。
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(Your) time is (your) money

僕もよく使った言い訳や理由説明の常套句。「それは、XXさんがそのほうがいいといったからです。」「みんなの意見を聞いて意みたら、やらないほうがいいということだったので・・・」

時は金なり!という諺がある。

結構小さいうちから覚えた諺かも。時間を大切にしなさいという意味そのま?んまだが、この歳になって本質がわかりつつある。
       ・・・・・・・・・・
私の”時”は、私にしか消費できない”金”なり!

僕は女房の両親と近くに住んでおり、義父は体が不自由だ。従って様々な男手仕事を依頼される。義父は元気な頃はきれい好きで庭の掃除をよくやっていた。落ち葉の季節になると毎週竹箒でサッサカサッサカ、精を出していた。

その掃除を依頼される。僕は庭の落ち葉は冬になるまで散り続けるのだから、それほど丁寧にやる必要はないと”今でも”思っている。だから最初は(それほどキレイでなくてもいいや)と、ま♪いい??加減にやっていた。しかし!義父は自分の拘りがある。隅っこの落ち葉を見つけては「ここやって」「こっちも」と結局ほぼ全域を倍近い時間を掛けて、再清掃することになる。そりゃ最初はムカついた!(下男じゃねーぞ!( #` ¬´#) )しかしである・・・・

両者の関係からすると女房と離婚しない限りこれは解決できない。更に体の不自由な義父にケンカを売って対決するような人非人でもない(幸い♪)とすると、僕の選択は一つ。掃除を義父方式で行ない、キレイにするしかないのである。それにより再清掃の時間は免れ、義父も満足、お庭のキレイ、僕も早く解放。結局、掃除の時間を長く費やしたのは、避けられない事由を受け入れず適当にやることにした自分の行動の結果でしかない。いじめっ子がいたから回り道をして遅刻した・・・遅刻したのは「いじめっ子がいたので迂回した」自分の決断なのだ。XXがやってくれないので・・・は、それを放置した自分の行動の結果なのだ。

私の”時”は、私の”金”だ!勿論”だから自分で勝手に使っていい”ということではない。少なくとも誰かとの関係にある限り(つまりどんな場合でも)、行動を制約・制限しなければいけないほうが多い。

どんな行動でも、どんな妥協の産物の時間でも、消費するのは”自分の”時間。誰かに言われたから行った行為でも、自分の行動の結果だ。それはいかなる原因でも、”誰それの意見がそうだったから”では、やりきれない。妥協した主語は自分であり、”誰それの意見”を耳にした自分の選択だったのだから。

仕事では、僕の場合の義父との関係のように避けられないことも多い。しかし、放置したらそれこそ自分の時間が無駄になることも同じくらい多いし、適当にやっても再清掃するのは結局自分なのである。やるからには、再清掃の罠に嵌らないように、全力でやるしかない。自分の時間は自分の宝だ。行動を始めたのなら、もうやるしかない。
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