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2008年06月

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1996年のハッカー雑誌?ここでも規制論議だった?

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自宅兼本社を整理していたら、1996年の雑誌「DIGITAL BOY」(毎日コミュニケーションズ発行 980円)が出てきた。
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今から12年前の雑誌だ。当時の国内のインターネット人口が160万人とされている。152Pある中で、広告は12社しかない。NTT,インテグラン、KUKI、ジャンクションミュージック、誠和システムズ、ダットジャパン、テニック、日本コダック、モダントゥールス、ラピドシステムズ、root-net、リーバイストラウス。特集は、「ハッカーの書誌学」。表紙と巻頭インタビューは、ローリーアンダーソンで、マルチメディアの可能性などが中心に語られ、紙面全体がサイケ調のトーンで構成されている。ハイパーメディアクリエイター高城剛氏がフランキーオンラインを始めたというニューズが掲載され、ケビンミトニックが下村ツトムの活躍で逮捕された記事が載っていた。

少し前にアメリカでは、放送の基準をインターネットの中にもってこようということをベースに、通信品位法にクリントンがサインして、多数の団体が国を相手取り訴訟を開始していた。この時点で既に、オランダでの差別発言や英国でのチャイルドポルノの所持は違法であった。

そして、緊急対談は、「インターネットの議論なき規制基準作りに抗議する」と題した、福富忠和氏と山崎カヲル氏のベッコアメわいせつ画像事件をめぐる規制強化に関する対談。インターネットを通信の基準で考えるのか、放送なのか、社会的倫理基準で考えるのか、出版の基準で考えるのか、そんな議論なしに、刑法の基準になってしまった規制論議に対しての問題提起をしている。そもそもインターネットは国際的なもので、日本の国内法で縛れないなど。
この時点では、言論の自由、通信の自由などの観点から、事前検閲はまずいだろうなどの議論がなされていた。また、いくつかの反対声明も出されていた。

2008年。インターネットを媒介にした問題が目立ってきている。自殺サイト、犯罪仲間の募集?自殺や事件に繋がるネットいじめ、犯罪予告、愉快犯。メディア面から見ての状況も、携帯サイトを媒介にしたものが増え、フィルタリングと基準策定委員会で決めるガイドラインによる審査を行う方向だ。さらに、青少年ネット規制法案が衆議院を通過し、日本新聞協会を始めとして懸念が表明されている。

規制そのものへの反対はもちろんある。一方で、刑法を適用しなければ歯止めが間に合わないかもしれない現実もある。
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ODR Forum in Victoria

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6月18日?19日カナダ、ヴィクトリアで国連主催のODR Forumが開催されるのでいってきます。

Agendaを見ると、2月に訪問したカッツ教授やコリン氏がメインスピーカーやパネラー、チェアマンとして登場しまくりなので、楽しみです。

説明によれば、2002年にジュネーブで開催されて以来、11回目になる模様。

 The Forum in Victoria will build on the research, applications and field development discussed at other international ODR meetings and workshops that were held in Geneva (2002 and 2003), Edinburgh (2003), Melbourne (2004), Bologna (2005), Brussels (2005), Cairo (2006), and Palo Alto (2007), Liverpool (2007) and Hong Kong (2007).
(ODR Forumのページから引用)

参加者は、おそらく120名程度。他に日本からの参加者はなさそうです。「ある種情報」から判断すると、caドメインの人が多いようで、やはり地元からの参加が多い。日本で開くことになればわざわざカナダまででかけなくてもいいけど、当分その予定もなさそうだし、創業記念も兼ねて!行っておこうということで。

ところで、昨日、17日の夜開催されるWelcome Receptionへの招待メールが来たのですが、実はこんなミニ事件が・・・
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旧友?店の名はライフ?

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少し前の話だが、GWの最終日、日本画家としてその道では知れた同級生のアトリエを訪ねた。

水上温泉の近くにある楽天亭四季のギャラリーだ。彼女は小学生?中学生時代の同級生。確か、彼女が委員長で僕が副委員長だったような。(既に記憶が定かでない。これは彼女も同じだった。彼女によれば、僕が委員長で、彼女が副委員長だそうだ)偶然にも、父親同士も同級生で、最近まで散歩仲間だった。(お父上は最近他界された。合掌)

アトリエは、渓流のほとりにある日本家屋を改造した不思議な感じの建物だ。渓流との間には大きな桑の木がある。彼女曰く、ここには何か霊気があるのだそうだ。

作品は、掛け軸や短冊が主流だが、襖や屏風の大作もある。掛け軸で二〇数万の値段がついているが、結構売れているようだ。




ダンナも同級生。野球部で成らしたスポーツマンだが、その後イラストレータとなった。精密なイラストを描く。
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入れてくれた昆布茶(!)を飲みながら話していると、CMのプロデューサをしている同級生から電話がかかってきた。「今、●●君がきているのよ。」そういえば、昨日はXX夫妻が立ち寄ったのだそうな。XXは、都内では同じ沿線に住んでいるのだが、ここ5年くらい会っていないな。

当時を思い出す。高校生になって、喫茶店「アルト」にたむろして、なにをするでもなく時間を過ごした。試験前には、勉強をしたり、夏祭りの夜はそっと喧噪を逃れて、おばさんの作る目玉焼きのせ焼きそばが絶品だった。マスターは、頼れるアニキで、ママはキップのいいアネゴだった。


♪店の名はライフ 自転車やの隣
 どんなに酔ってもたどりつける♪
         「店の名はライフ」中島みゆき

けだるい単調なリズムは、しかし、鮮明に風景を想像させてくれる。

この曲はさらに、大学生時代の徹夜麻雀のテーマ曲。
明け方のだらだらした時間に、朝のラジオから
流れる。いや、深夜の「走れ歌謡曲」だったかもしれない。

そんな風に昔々によりそってみたくなったのは、5月だからだろうか。
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日本仲裁人協会セミナー

5月21日、日本仲裁人協会の会員向けセミナーに参加。案内が遅くなっていたためか、出席者は10人前後。
スピーカーは、パリのICC仲裁裁判所事務局に勤務した弁護士のI先生。国際仲裁案件を扱うこの機関こそ、ODR活用が効果的だろうな。いつか調査しなくては。。。。詳細は、こちらで。
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